
江戸の末まで毛利家の屋敷があったところで、99年まで閑静な木立に囲まれた和風庭園が残っていた。ここには忠臣蔵の間新六郎ら10名が預けられ、切腹した。
池のほとりには乃木希典(1849〜1912)将軍誕生の地の記念碑と産湯の井戸といわれるものも残っていたが、今、六六開発の巨大プロジェクトによりその面影は見られない。これらの史跡は残すことが約束されていたはずで、復元ではなくそのまま残されることを願ってやみません。
毛利家に預けられた義士は、岡嶋八十右衛門、吉田沢右衛門、武林唯七、倉橋伝助、村松喜兵衛、杉野十兵衛、勝田新左衛門、前原伊助、間新六、小野寺幸右衛門の10名です。
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